デビットカード「キャッシュアウト」 サービス

デビットカード「キャッシュアウト」サービスの課題と展望

日本でも現金を小売業のレジなどで引き出すキャッシュアウトサービスの導入に向けた検討が進められている。キャッシュアウトサービスの概要、実現に向けての課題やメリットについて、野村総合研究所 金融ソリューション事業二部 上級コンサルタント 宮居雅宣氏に説明してもらった。 

野村総合研究所 金融ソリューション事業二部 上級コンサルタント 宮居雅宣

(1)デビットカードの「キャッシュアウトサービス」とは

2016年12月28日、金融庁は昨年の通常国会で成立した改正銀行法の施行に伴い「銀行法施行令等の一部を改正する政令等(案)」を公表し、2017年1月27日を期限としてパブリックコメントを募集。デビットカードの「キャッシュアウトサービス」をATM等の外部委託の規定に追加する整理が盛り込まれた。

 

デビットカードの「キャッシュアウトサービス」とは、小売店のレジから銀行口座の現金を引き出すサービスである。デビットカードで買い物をする際に、カード利用者は買い物の代金とは別に必要な金額を店員に伝え、購入商品と一緒にレジから現金を受け取り、合計額をデビットカードで支払って銀行口座から自動振替することで、銀行窓口やATMに行かなくても買い物のついでに現金を得ることができる。

 

金融庁の金融審議会「決済業務等の高度化に関するワーキング・グループ」の議事録にも「銀行業界としてずっと以前から要望していた」(注1)と記載され、2015年12月の最終報告書にコンビニエンスストアやスーパーのレジで「キャッシュアウトサービス」提供を可能にするよう整理すべきとの提言が盛り込まれると、「金融庁はレジだけでなく宅配業者やタクシーの支払い時などにも採り入れることを検討している」「みずほ銀行は法整備を前提に平成29年度からサービスを開始する準備に入った」などの報道がなされた。

 

もともとデビットカードの「キャッシュアウトサービス」は、英国でデビットカードが始まった1980年代半ばに大手スーパーの「テスコ(Tesco)」がレジの現金を減らして現金取り扱いコストや犯罪に遭うリスクを軽減させることを目的に始めたサービスだ。現金を持ち歩くことを危険と考える消費者側のニーズと合致し、欧米やオセアニアで普及した。欧米では「キャッシュバック」、オセアニアでは「キャッシュアウト」と呼ばれ、デビットカードで決済すると店員が「現金は必要? 10ドル?20ドル?」と聞いてくることもある。

プレイヤー別メリット&デメリット(現状のシステムのまま現金払出額の識別をしない場合)

(2)キャッシュアウトサービス実現の課題

 

海外でデビットカードは、VisaやMastercardなどの国際ブランドが付いたブランドデビットが一般的だ。日本では1960年頃にクレジットカードが上陸した際、旧銀行法の兼業禁止規定により銀行とは別にカード会社が生まれて独自の発展を遂げたが、海外ではデビットカードもクレジットカードも金融機関が発行する国が多く、使える店や端末、ネットワークなどのインフラも共用で、国際規格(ISO/IEC)に則り世界的な共用インフラが形成されている。リアルの店頭でもインターネットショッピングでも、クレジットカードと同様にデビットカードが使える。

海外におけるキャッシュアウトアクセプタンスマークの例
出所)VisaインターナショナルWebサイト

日本でも現在、VisaやJCBがブランドデビットを発行しているが、日本のデビットカードは金融機関が発行済のキャッシュカードで買い物ができる「J-Debit」が発祥である。デビットカードの種類による相違点もあるが、わが国のデビットカードでキャッシュアウトサービスを実施しようとした時は、プレイヤーごとに大きく以下の課題が挙げられる。

①加盟店

レジから現金を払い出す加盟店には、現金を取り扱う手間が発生する。ランチタイムのコンビニが顕著だが、レジスピードの向上は小売店にとって重要な課題であり、キャッシュレスでレジスピードが向上する中、現金の払い出しは重い業務負荷となる可能性が高い。スーパーなどで自動的にお釣りが出てくるレジが増えているのは、レジスピードの向上に加えて現金の数え間違いや内引きの防止が目的だが、そもそもレジに現金が無ければ盗難やミスに遭遇するリスクを激減させることができる。

 

運転手が襲われやすいタクシー業界では「カードOK」ではなく「カードOnly」にすることで強盗被害を無くしたいとの声も聞かれた。小売店はできるだけ現金を扱いたくなく、レジに入れておく現金額も少なくなっている。

 

手数料も深刻な課題だ。現在のデビットカード決済データに現金払出金額を識別する機能はなく、加盟店は買い物代金と現金払出額の合計額に対して加盟店手数料を支払うことになる。店の商品が売れる買い物代金には利益が含まれるが、キャッシュアウトする現金には利益は含まれないので、多くの加盟店は取り扱いに消極的となるだろう。米国では、銀行のATM設置コストや現金払出業務の削減と位置づけられており、銀行から加盟店に数セントのキャッシュアウト取扱手数料が支払われるので積極的に取り扱う店は多く、店員が「現金は要らないの?」と聞くのだ。キャッシュアウト取扱店であることが集客の差別要素となる東欧の場合は、現金払出額にも加盟店手数料がかかるようだ。すでにコンビニやスーパー、ショッピングモールや駅構内に数多くのATMが設置済の日本では、キャッシュアウト取扱店になっても集客に寄与する可能性は低く、加盟店手数料もかかるとなると取扱店は増えない可能性が高い。現金払出額を識別するには、決済データの仕様を変更し、加盟店端末、データ授受ネットワーク、カード発行者(銀行)など、関係各所のシステム改修も必要となるため、費用対効果も大きな課題となる。

②カード発行者(イシュア=銀行をはじめとする金融機関)

デビットカードを発行する銀行にも課題がありそうだ。ATM同様にレジで現金を引き出すデビットカード利用者は大切なお客様であり、ATM同様に現金引出金額の問合せに対応できる必要がある。例えば「レジでの受取金額より多い額が口座振替された」との問い合わせを受けた場合に、「デビットカードで買い物した商品内容までは分かりません。故に、当行ではキャッシュアウトの金額は一切分かりません。」との対応でよいだろうか。金融庁のワーキング報告には「現金の引渡しが人の手を介しつつ行われることなどを踏まえ、銀行に対し、監督上、必要に応じ、然るべき体制の整備等を求めていくことが考えられる」とあり、金融庁も課題を認識済で慎重に議論しているものと思われる。 

 

③加盟店契約会社(アクワイアラ) 

デビットカードが利用できる小売店と加盟店契約を締結しているのは、ブランドデビットではクレジットカード同様にカード会社、J-Debitでは金融機関と情報処理センターである。情報処理センターとは加盟店とイシュアの間で決済データを授受する事業者を指し、ネットワーク会社やカード会社が含まれるが、実態としてJ-Debitでもカード会社が多くの加盟店と契約締結している。

 

クレジットカードの場合は改正割賦販売法でアクワイアラに加盟店管理強化が求められる一方で、デビットカードではATM同様にレジで現金を引き出せるのにその額が把握できなくても構わない、というバランスの悪い整理が許されるとは考え難い。となると、やはりデータ仕様に変更は必要で、アクワイアラのシステムや設置端末、ネットワーク会社やイシュアのシステムにも影響する可能性は高く、費用対効果は重要な課題となる。また、現金払出額を識別して加盟店手数料を徴収しない場合は、加盟店手数料が発生しないのでアクワイアラの取り分も見込めなくなり、そもそもアクワイラが対応するメリットが見出せなくなることも根本的な課題となろう。

(3)キャッシュアウトサービスのメリット

 

身近に数多くのATMがあり、容易に便利に高額現金が引き出せる環境が前提の場合、キャッシュアウトサービスのニーズはさほど大きくなさそうに思える。しかし、国内でも身近に金融機関もATMもなく、現金の入手に苦労する地域は地方を中心に多く存在する。このような地域においては、例えば近くの小売店でレジから現金を引き出すことができれば、現金を入手するためだけに遠くの金融機関に行く必要がなくなるので非常に便利となり、加盟店も現金目的の来店客によるついで買いなどの効果が見込める。キャッシュアウトをきっかけにデビットカードの利用が活性化すれば、イシュアやアクワイアラも加盟店手数料収入の増加が期待できる。ブランドデビットであればインターネットショッピングにも利用でき、重い荷物を自宅まで届けてくれるので、買い物難民を救う解決策にもなりそうだ。

 

また、日本のキャッシュカードが国内独自仕様であるために、訪日外国人がATMを使えず不満の声があがっていることは観光庁の調査(注2)でも明らかだが、訪日外国人が携行するVisaやMastercardのデビットカードでレジから日本円の現金を引き出すことができれば、気軽に日本円が入手できて便利になるうえ、地域における消費の活性化にもつながる。

(4)キャッシュアウトの実現によるキャッシュレス社会への効果

 

キャッシュアウト利用環境の整備が、キャッシュレス社会の実現を促進する可能性も考えられる。欧米の消費者が通常$20~$40程度の現金しか持ち歩かないのに対して、日本の消費者はATMから約3万8,000円を引き出して持ち歩く(注3)。日本人の財布の中に常に高額の現金が眠っているのだ。クレジットカードや電子マネーが普及してキャッシュレス化が進捗する中、さらにデビットカードも普及して、いざとなればレジで現金が入手できるとの安心感が広まれば、ATMで多額の現金を財布に移して持ち歩く習慣が少額現金だけを持ち歩いて気軽に店頭で補充する習慣に変革し、キャッシュレス社会が益々進捗する可能性が考えられる。キャッシュアウトをICデビットカード前提のサービスにすれば、訪日外国人が安心して買い物できる環境として、全取引IC化を目指す政府の目標達成にも寄与する。

 

いきなり100%のキャッシュレス社会を目指すのではなく、まずは欧米のように高額領域の現金を無くし、次に少額領域へキャッシュレスを広げるとのステップ展開は、現実的なキャッシュレス推進策かもしれない。ただし現実的に実用性の高いキャッシュアウトサービスを実現するには、課題の解決が必須である。すでにパブリックコメントが公募されたが、2016年は仮想通貨や電子マネーに関する消費者問題の議論が先行してあまり目立たなかったキャッシュアウトサービスの議論が、2017年は実用化を目前に控えていよいよ活発化し、最新市場動向をふまえた現実的な整理が進むと期待したい。

(注1)「金融審議会「決済業務等の高度化に関するワーキング・グループ」(第 5 回)議事録より
http://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/kessai_wg/gijiroku/20151125.html
(注2)観光庁「訪日外国人消費動向調査」より
http://www.mlit.go.jp/kankocho/siryou/toukei/syouhityousa.html
(注3) セブン銀行ディスクロージャー誌より
http://www.sevenbank.co.jp/corp/disclosure/pdf/2016072917.pdf

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